なんだかイヤな感じがするの
かつて、若くして不治の病に冒された女性とのやりとりを手記として発表し、純愛のベストセラーともてはやされた著者の男性は、その後別の女性との結婚で世間からたいへんなバッシングを浴びました。
非行化した娘との壮絶な日々を綴った父親の本は、当時同様の子をもつ親や教師たちのバイブルとなり、タイトルは流行語にもなりましたが、当の父親は俳優業に加えて教育に関する講演などで多忙を極め妻と離婚。娘も世間からの好奇のまなざしに耐えかねたか薬物使用を繰り返し、若い命を散らす結果となりました。
家族そろっていろいろなCMに出演し、理想的な家庭と言われたある俳優一家は、長男が自殺してしまいました。
父親を尊敬し同時に門下に入った兄弟は共に頂点に立ち、やはり理想的な家族と羨望の的でしたが、やがて夫婦は離婚。息子ふたりも犬猿の仲となり、渦中の父親は病魔に倒れ亡くなりました。
”お嫁さんにしたい女優No.1”と言われた人の多くが、不倫関係に悩んだり、結婚生活が破綻しています。
どんな理由であれ、結果としてプライバシーを切り売りする者にはプライベートなしっぺ返しがあり、”理想的”だとまわりから一方的な思い込みを押し付けられた者は、見えない重圧で押し潰されてしまう……そんなふうに思います。
今朝の認知症女優緊急入院の報道を見たときも、なんとも言えないイヤな気持ちがしました。
昨年、夫である俳優が赤裸々な老老介護の現場をTVドキュメンタリーとして公表した際、結局この夫は最後まで、夫婦関係の切り売りを続けるつもりに思えたからです。
妻は女優業をこなす傍ら、長男の嫁として要介護の舅の世話を一手に引き受けていました。疲労困憊していても絶対まわりに悟られないよう細心の注意を払っていたそうです。
女優としてのプライドの高さもあったのでしょうが、認知症の初期の頃、そうとは知らない完璧主義の妻は「セリフが覚えられない」と悔し涙を流したとも聞きます。
舅への献身的な介護、度重なる夫の女性関係、侘びのつもりで出したという夫の手記、それでも”おしどり夫婦”のイメージを守るため妻は耐えに耐えたのか――しかし真実は夫婦ふたりにしか分からず、一般的な感覚が介入する余地はありません。
それでも。
認知症が進んだ今、夫が夫婦のありようを公表することに妻が同意できるているとは到底思えません。
たとえ事前に夫婦間での同意があったとしても、あるいは夫が何かしら崇高な使命感に突き動かされているのだとしても、女優だった妻の衰えた姿を世間に晒すのは不憫だと、躊躇することはなかったのでしょうか。
介護の現実は辛い、それは分かっています。
知名度の高い人の経験談に、自分だけではないんだという連帯感や安堵感が求められるのも理解できます。
でも、辛いのは介護する側だけではありません。
自由に動けない、他人の手を借りなければ生きてゆけない歯がゆさや情けなさは、実際にその立場になってない者には想像を絶すると思います。
たとえ今の自分を自分で理解できなくても、人間に与えられた最低限の尊厳を守って欲しい――家族を守れるのは、家族だけなのですから。
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